カナダの雄大な自然に抱かれたアルバータ州、バンフ国立公園の中にそびえるバンフ・スプリングス・ホテル。このホテルは、まるで中世ヨーロッパの古城を思わせる優雅な外観と、ロッキー山脈を望む贅沢なロケーションで知られており、世界中の旅行者が一度は宿泊してみたいと憧れる名門リゾートだ。
1888年にカナディアン・パシフィック鉄道によって開業されて以来、長い歴史の中で数々の著名人や王族も訪れてきたこのホテルは、その格式ある佇まいと高級なサービスで今なお人気を誇っている。昼は澄み切った山の空気と美しい景色に癒され、夜には暖炉の灯りとクラシックな内装が作り出す非日常の空間に酔いしれる。
まさに夢のような宿泊体験が味わえる場所だ。
だが、この華やかさの裏に、もうひとつの顔があることをご存じだろうか。実はこのバンフ・スプリングス・ホテルは、北米でも指折りの“幽霊が出るホテル”としても有名なのである。長い歴史の中で語り継がれてきた数々の怪談や目撃談は、時に美しく、時に不気味な余韻を残す。人々が語るのは単なる噂話ではなく、「確かにそこにいた」と断言する者もいるほど、リアリティのある現象ばかりだ。
語り継がれる三つの幽霊譚
バンフ・スプリングス・ホテルが“幽霊の出るホテル”として語られる大きな理由の一つは、三つの有名な幽霊話の存在にある。それぞれの話には明確な“主役”がいて、まるでこのホテルという劇場の中で、彼らの物語が今もなお演じられ続けているかのようだ。
一つ目は、「花嫁のゴースト」と呼ばれる女性の霊である。1920年代、結婚式を控えた花嫁が、式当日、ホテル内の大階段で転落死したという悲劇的なエピソードがもとになっている。目撃談によれば、白いドレスを着た女性が階段付近に現れたり、ホールで踊っているかのような姿が見えることもあるという。美しいが哀しい、そんなイメージをまとった霊である。
二つ目は、「ベルボーイ・サム」の幽霊だ。サムことサミー・マクオーリーは、生前このホテルで長年働いていたベルマンであり、その勤勉で親切な姿勢は多くの宿泊客に愛されていた。彼の死後も、“突然部屋の鍵を開けてくれる”“忘れ物を届けてくれる”といった心霊体験が報告されており、今でもホテルのどこかで宿泊客を助けていると語られている。
三つ目は、「客室:873号室」にまつわる話である。この部屋ではかつて一家惨殺事件が起きたという噂があり、その後、何度清掃しても血痕が現れる、鏡に手形が浮かぶといった怪奇現象が頻発したため、ついには部屋ごと封鎖されたとされている。現在、ホテルのフロア図からこの部屋は削除され、存在していないことになっているが、「壁の向こうに今も部屋がある」と信じる者は少なくない。
こうした話は、口伝えや宿泊客の体験談をもとに広まり、現在ではホテルの公式なツアーでも紹介されている。とはいえ、すべてが真実なのか、それとも巧みに演出された伝説なのか——その真相は今も闇の中である。
ちなみに、バンフ・スプリングス・ホテル側は、こうした幽霊伝説についてあくまで「事実」と「伝承」の線引きをしながらも、観光客が楽しめる範囲で“ミステリー要素”を許容している姿勢がうかがえる。幽霊の存在を明言することはないが、完全に否定するわけでもない。これは、歴史ある施設にとって非常に賢い戦略であり、現代の観光マーケティングとしても理にかなった対応と言えるのかもしれない。
観光資源としての怪談たち
こうした魅力的で不思議な幽霊話が数多く語られているにもかかわらず、バンフ・スプリングス・ホテルに関して、超常現象を対象とした専門的な調査や学術的な検証が行われたという記録は見つかっていない。目撃証言や怪奇現象の噂はあれど、それらはすべて、宿泊客やホテル従業員の「口伝え」によるものであり、確かな物的証拠や第三者による検証結果は存在していないのが実情だ。
それにもかかわらず、これらの幽霊話はホテル側によって積極的に紹介され、観光資源の一部としても活用されている。特にハロウィンの時期には「ゴーストツアー」が行われ、まるで“夜の遊園地”のようにホテルのもう一つの顔——幽霊たちの物語が演出される。これは決してバンフ・スプリングス・ホテルに限った話ではない。
たとえば、アメリカ・カリフォルニア州にあるホテル・デル・コロナド。ここもまた「ケイト・モーガン」という女性の幽霊が出るとされ、彼女が宿泊中に死亡したという歴史的事件に基づいた話が長年語り継がれている。このホテルでも幽霊の話は観光パンフレットに登場し、訪れる観光客を惹きつけるための魅力的な要素として用いられている。
また、スティーヴン・キングの小説『シャイニング』のインスピレーションを与えたことで知られるコロラド州のスタンリー・ホテルも有名だ。館内では心霊ツアーが開催され、宿泊客に向けてホテルにまつわる数々の怪談が紹介されている。キング自身もこのホテルに宿泊した際の不思議な体験を語っており、フィクションと現実が入り混じる“恐怖の舞台”として観光価値が高められている。
これらの例を見ると、幽霊話は単なる怪談や迷信ではなく、ホテルにとって重要な「物語コンテンツ」として機能していることがわかる。非日常を求めてやって来る旅行者たちに、宿泊という体験にもう一つの“物語”を添えるためのエンターテインメント——そんな側面があるのではないだろうか。
では、バンフ・スプリングス・ホテルの幽霊話も、こうした“観光のための演出”の一部に過ぎないのだろうか?
“噂”の向こう側へ
では、バンフ・スプリングス・ホテルや他の観光地のような話とは別に、本当に専門家や調査団体が関わり、科学的な視点からも「何かがある」と示唆されている場所は存在するのだろうか?
実は、世界にはそうした“ただの観光資源”という枠を超えた、より深刻で、より不可解な現象が記録されているホテルや屋敷がいくつか存在する。そこでは、実際に超常現象研究者や科学者たちが入り込み、目撃証言、音声記録、温度変化、電磁波など、多角的なアプローチで調査が試みられてきた。
なぜ、そのような場所では“本物”であるとされるのか?
単に噂話があるというだけでなく、証言が一致していたり、物理的な異常が確認されたりと、より現実的な痕跡が存在することが理由の一つとされている。
ただし、その詳細については、また次回にじっくりとご紹介したい。バンフ・スプリングス・ホテルのような、語り継がれる怪談と、それとは異なる“調査の記録が残る場所”の差——それを知ることで、私たちは本当に「何かがいる」のかもしれない、という可能性に一歩近づくことができるかもしれないからだ。
とはいえ、仮に幽霊話が観光のための演出だったとしても、それらの話が「語られ続けている」という事実、そして「実際に不思議な体験をした」と話す人々の存在は、決して無視できるものではない。
本当にすべてが噂で片づけられるのだろうか?
あるいは、私たちが見落としている“本当の何か”が、華やかなホテルの奥に潜んでいるのかもしれない。
参考サイト
【3つの幽霊話】フェアモントバンフスプリングスに現れるゴースト達