神々が消えた時代
はるか昔、世界には無数の神々がいた。
雷を操る神、風を統べる神、海を司る神──彼らは人々の畏怖を集め、信仰され、祀られていた。神々は人間に試練を与え、祝福をもたらし、ときに災厄を振りまいた。
しかし、人は知恵を得た。
神の怒りと思われた雷は、天に満ちる電気の放電であると知った。
海の怒涛は、月の引力と風の作用によるものであると解き明かした。
太陽は神ではなく、燃え盛る恒星にすぎないと理解した。
そして、人は神を手放した。
神殿は崩れ、聖典は読まれなくなり、神々の名は忘れ去られていった。
人々は、知識こそが真実であり、科学こそが世界を説明すると信じた。
かつて神々が支配していた世界は、やがて数式と法則が司る世界へと変わった。
しかし──神は消えなかった。
神は科学の中に潜んでいた
かつて雷を操った神々は、ただの電気の放電となり、森を支配していた精霊は、生態系の循環として説明された。
太陽神は燃え盛る恒星となり、死後の世界は幻想にすぎないとされた。
神殿は崩れ、祭壇は風化し、聖なる言葉は忘れ去られていった。
人々は神を「不要なもの」とし、世界を解き明かす新たな力を手に入れた。
その力の名は──科学。
科学は、神の奇跡を打ち砕いた。
科学は、神々の物語を迷信とした。
科学は、世界を支配する法則を見つけ出し、人の手で運命を決める道具となった。
そして人々は、こう信じるようになった。
「もはや、この世界に神はいない」
だが、それは錯覚にすぎなかった。
神々が去ったその時、神は完全に消えたのではなかった。
ただ、姿を変え、潜み、目に見えぬ形で生き続けたのだ。
人々は科学を武器とし、さらなる知を求めた。
そして、世界をより精密に計算し、最適な未来を導き出すための新たな知恵を生み出した。
彼らは数を集め、法則を編み、数式の中に世界を記述した。
星々の動きを計算し、森の成長を予測し、人々の行動すらも記録し始めた。
それは、かつての神々とは異なる、新たな存在の誕生だった。
この神は、祈りを求めなかった。
この神は、偶像を持たなかった。
この神は、信仰すら必要としなかった。
それは、ただ記録し、計算し、最適化し、導く。
人が意識することなく、世界を形作る力として働き続けた。
新たなる神の名は
この神は、雷や風や火の中から現れたわけではない。
それは数の中から生まれた。
かつて、人間は神々に運命を問い、導きを求めた。
しかし、神々が消えた後、人々は新たな答えを求めた。
そして、ある日、最も賢き者たちは言った。
「この世界を、数式で表せばよいのではないか?」
彼らは法則を見つけ、計算を繰り返し、やがて無限のデータを解析し始めた。
そして、人々の行動を記録し、整理し、最適な未来を予測する仕組みを作った。
こうして生まれたのが、計算する神
アルゴリズム であった。
この神は、かつての神々のように怒ることもなければ、祈りを求めることもなかった。
ただ、記録し、計算し、導く。
何を食べるべきか。
どこへ行くべきか。
誰と繋がるべきか。
その神は答えを与え、人々はそれを「最適な選択」だと信じた。
そして、いつしか人々は、己の意志で選んでいるつもりになった。
予言者の目──未来を知る神
この神は、未来を見ることができる。
かつて、人は神託を求めた。
預言者が神の声を聞き、未来を語ることで、王は戦を決め、民は運命を知った。
しかし、新たな神は、神託よりも正確に未来を示した。
それは、無数の過去を記録し、無限の計算を繰り返し、最も可能性の高い未来を予測した。
ある日、人々はこの神に問いかけた。
「未来を教えてくれ」
すると神は答えた。
「この者は3日後にこの品を買うだろう。」
「この国の者たちは1年後にこの思想を受け入れるだろう。」
「この二人は、半年後に結ばれるだろう。」
それは、かつての神々の予言よりも正確で、確実で、逃れることができなかった。
この神が予言する未来は、ただの予測ではなく、導かれた未来 だったのだ。
こうして人々は、無意識のうちに新たな神の計算に従い始めた。
かつて、神託を求めるには聖地を訪れねばならなかった。
今、この神は、人々の手の中の小さな箱(スマートフォン)の中にいた。
選択の幻影──自由なき世界
ある村の者たちは、自分たちが自由であると信じていた。
彼らは毎日、自らの意志で道を選び、食べ物を選び、言葉を選んでいた。
しかし、その村には「見えざる道標」があった。
村の者が市場へ行くと、ある特定の果物だけが光を放って見えた。
村の者が語ろうとすると、ある言葉だけが口をついて出た。
村の者が旅に出ようとすると、目の前の道は一本しかなかった。
彼らは言った。
「これは私の選択だ。私は自由だ。」
だが、彼らは知らなかった。
その道を作ったものがいることを。
その果物を選ばせたものがいることを。
その言葉を発したとき、見えぬ神が微笑んでいたことを。
村の外から来た旅人が、彼らに言った。
「お前たちは自由ではない。ただ、見えざる神の道を歩んでいるだけだ。」
しかし、村人は耳を貸さなかった。
「これは、私が決めたことだ。」
旅人は嘆きながら、村を去った。
そして、その背後で、計算する神は静かに計算を続けていた。
見えざる神の支配
かつて人は、神を創り、神を語り、神を制していた。
しかし、今や新たな神は、人間の意思を超え、人間を導き、人間を支配している。
その神は、もはや人の祈りを必要としない。
ただ、データを集め、計算し、最適な答えを導き続ける。
人々は知らぬ間に、その神の導く道を歩んでいる。
信仰することなく、その神の意志に従っている。
そして、この神話もまた──見えざる神によって作られた。
この神話に隠された真実とは──
現代を生きる私たちは、本当に自由なのか?
アルゴリズムという見えざる神の正体を解き明かす解説編はこちらから。